ある冬の日の午後のことでした。
何年ぶりかで、駅へ向かう定期バスに、乗ることがありました。
乗り込んだ時は、自分の他には、誰も乗っていませんでした。
でも、途中の停留所で、ドヤドヤと急に、何人も乗ってきました。
どうやら福祉作業所のようなものがあるらしく、その若者たちのようでした。
バスが発車しようとするところで、少し歳の行っているらしい男の人が、ひとり乗り込んできました。
続いて、作業所のスタッフらしい若い女性が、追いかけるようにやって来ました。
若い女性は、バスの乗降口に片足をかけると、男の人に言いました。
「ねぇ、もう一度話し合ってみましょうよ。降りましょう」
女の人は、懸命に話しかけます。
「おんなじ事でしょう。なんにも変わらないんだ」
男の人は、かたくなに拒否している様子です。
それでも、女の人は何度も何度も、声をかけています。
他の若者たちは、黙って席に座ったままでいます。
運転手さんも、バスを止めたまま、しばらくは何も言いませんでした。
そのうちに、若者の一人が聞きました。
「4時までに、駅に着きますか?」
慣れっこになっている声のように思えました。
「大丈夫ですよ。けど、どうします。もうバスを出しますよ。」
運転手さんが、少し困ったように答えました。
部外者の乗客である自分のことを、気にして言ったようでもありました。
もちろん、自分には急ぐ理由は、まったくありませんでした。
「あっ、○○さんが来た」
主任なのでしょうか、中年の男の人が、走ってきました。
「もういいから…。また…。」
主任らしい男の人は、、女の人に声をかけました。
「でも…。」
女の人は、なおも必死の様子です。
けれども、男の人にうながされて、しぶしぶのようにステップにかけた足を降ろしました。
「いいですか。発車しますよ」
バスは、主任らしき男の人とスタッフの女の人とに見送られて、発車です。
そして、駅の少し手前のバス停で、歳の少しいったの男の人と、ほかにふたりの若い人が、降りて行きました。
3人の何事もなかったように歩いていく様子が、バスの外に見えました。