暖かい早春の午後のことでした。テニス肘、ではなくて、薪投げ肘の痛みが気になって、リハビリに出かけました。
「どうですか?強すぎますか」
「・・・・・。あのう、何も感じませんけど・・・(やっぱり、肉体的にも神経の鈍い人間なんだろうか)」
「ほんとうですか。じゃあ、少しだけ強くしますね」
などという会話はさておき、チッチッチという感じの電気治療が無事終わりました。
そして、リハビリ室から待合室に出るときに、何気なく帽子をかぶりました。
ふつうはそんな室内で、帽子を被るなんてマナー違反など、あんまりしないほうのつもりです。
でも、会計をするのに手をフリーに、という気持ちがあったのでしょう。
いやその前に、帽子を持って院内に入って行ったのが、どうしてだったのか、今となっては悔やまれます。
まあ、事件はそういう時に起こるものなのでしょう。
帽子をかぶってすぐに、頭の上で何かがぼそぼそとさわるような感じがしました。
例えば、電灯照明のスイッチひものようなものかと思いましたが、見上げてもそれらしいものは、あるはずもありません。
変だなあと思いながら、待合室に足を踏み入れた時、またしても頭の上で何かが・・・。
帽子を手に取ってみると、金属光沢のある四つ足、尻尾のある小さな生き物が・・・。帽子の上で舌を出しながら、キョロキョロしていました。
あれっ、トカゲだ、と思う間もなく、待合室は騒然。
これはマズイ、早く外へ出ようと、出入り口ドアに突進しました。
自動ドアはスムーズに開いて、無事戸外にトカゲとともに脱出、と思ったのですが、なんとその前にトカゲの奴、ぴょんと飛んで、どこかの年上のお姉さまに飛びつきました。
「わっ、たすけて」
叫びながら立ち上がるのが、目の片隅にはいりました。
まずかった、どうしよう。
もちろん、急いでふたたび室内へ。
見ると、トカゲは待合室の真ん中、フロアの上でした。
けど、誰ひとり事態収拾に向けて、動く様子の人はありません。
まあ、びっくりして、どうしたら良いのか、とっさになにもできなかったのでしょう。
「あのねえ、あんたのおかげで、みんな大騒ぎだがね」
なぜかそんなセリフまで出て、非常に冷静になって、帽子でしっかり確保。
駐車場の隅まで、つかんで行って、放り出しました。
「どうもお騒がせして、本当に申し訳ありませんでした」
待合室に戻って、みなさんにおわび。
でもねえ、謝ったりしたから、連れてきたペットと誤解されたかもしれない。
「謝らなくてもいいよ。あんたのせいではないから。まあ、噛み付かれたり、刺されたりするものでなくて、よかったなあ」
どこかの素敵な年上の紳士に、言っていただきました。
それにしても、どこで帽子に入ってたんだろう。