「一時間も歩くんですか。今度家まで、車で迎えに行きましょうか」
「いや、車は通れん。自転車もバイクも通れんから歩くしかない」
数十年前から、つまり人生の後半の部分を南信州の山中の一軒家に夫婦で暮らしている、という老人に会いました。自分よりははるかに年上でした。
山の中の一軒家は、南信州では必ずしも珍しくないけれど、たいてい家の近くまで車で行けます。でも、車の通る道まで1時間歩かなければならないというのは、初めてです。
人生の前半の数十年は、ある都会のあたりのあちこちで暮らしていたそうです。話し方も様子もいかにも都会風です。言ってみればIターンの元祖みたいなものでしょうか。
「移り住んだ頃は何軒か住んでいたけど、もうその頃からみんなが出て行く話があった。途中で出てこようと思ったときはあったが、出そびれてしまった」
「電気と電話はある。ガスはないけど、薪がいくらでもそのへんに転がっている」
確かにガスボンベを1時間も背負って運ぶのは大変でしょう。
郵便物は配達に来てくれるそうですが、こちらから取りに行くと、日当がもらえるそうです。金額はというと、往復2時間の山道を歩くほどのものともいえませんでした。
あとから思ったのですが、電気の検針はどうなるのでしょう。
「野菜は自分で作っている。このごろはハクビシンやらイノシシやらが食べてしまって自分たちの分もないくらいだ」
どうやって現金収入を得ているのかとかは聞きそびれてしまいました。
「山ん中にいれば金はほとんどいらん」
別の日に、その一軒家に行く山道の入り口まで、車で行って見ました。
高い山の中腹を走る村道の脇に、あるかないかの道の入り口があって、そこから険しい下り道になっていました。
途中にこわれかけたつり橋とかがあるそうですし、第一こんなに急な坂を1時間も歩いたら、帰りはその険しい山道を登らなければなりません。
村道から下のほうをのぞいただけで帰ってきました。
毎度のことですが、軟弱田舎暮らしですみません。
もうひとつ別の山道があって、そちらのほうを使っている、ということです。
そちらのほうが同じ1時間でも険しくなさそうですので、いつかその道をたどって訪ねてみたい、と思っています。
写真は我が家の辺りの風景ですので、本文とは関係ありません。。