コーギー犬「ソラ」の日記 キジさん大丈夫でしたか 編
珍しく暖かい陽ざしとなった昨日のお昼、外出から帰ったお父さんは、僕を散歩に連れ出してくれました。
「バタバタバタ」
僕たちが門までの坂をのぼって村道に出たとき、突然頭の上で、大きな羽音がしました。お父さんは空を見上げて、キジさんの姿を確認すると、あとは気にも留めません。
ブルーベリー畑の片隅か、お隣の家の田んぼのどこかに、キジさんたちが住んでいるらしいことは、先刻、承知していたのです。
でも、僕はキジさんとともに、それよりは小さいけれど、もっとひきしまったものの影を、見たように思いました。僕は目を凝らしました。
けれども、村道の向こう、お隣の田んぼに降りたらしい姿は、目の前の木立に遮られて、そこからは見ることが出来ませんでした。
「もう昼ごはんだ。あとはまた、夕方に散歩することにしよう」
ものすごく簡単な散歩のまま、お父さんが無理やり僕をひっぱって、家に戻ろうとしたときです。再び、頭の上で騒がしい羽音がしました。
もちろん、僕もお父さんも頭上を見上げました。
つい先ほど舞い降りたばかりの方向から、飛び立ってきたキジさんが下のブルーベリー畑の方向に飛んでいくところでした。そして、今度こそは、鷹かなにかの精悍な中型の鳥が追いかけていくのをはっきりと目撃しました。
もちろんお父さんもそれは目撃したはずでした。でも、お父さんは相変わらずのんびりと歩いて、ようやくデッキの中に僕を放しました。
するといつのまにか、ブルーベリー畑の上空には、カラスさんが三羽、鳴き叫びながら飛び回っていました。
そして、ブルーベリー畑のフェンス沿いの雪の上には、二羽の鳥影が争っていました。小さいほうが大きいほうに飛び掛って、くわえ込んだのが見えました。
思わず僕は、とても怖い声で吠え立てました。よほど驚いたのでしょうか、カラスさんたちは一瞬のうちにどこかへ行ってしまったみたいでした。
そして、お父さんは、キジさんだけが雪の上でバタバタしていることに、気がついたようでした。鷹らしい姿もいつのまにかいなくなっているのを見て、あわてて階段を降りて、ブルーベリー畑に駆けつけようとしました。
でも、運動靴がすっぽりと雪にはまってしまって、戻ってきました。
家に戻って、長ぐつに履き替えて、再びブルーベリー畑に突進しました。そうそう、あきれたことに左手にはデジカメまでしっかり持っていました。
お父さんは雪に足を取られてなかなか前に進めません。僕は危なくて見ていられませんでした。とうに還暦をすぎていることを自覚したほうがいいと思います。
「そのままにしておいたほうがいいと思ったんだけど、カラスなんかにいじめられたら、情けなさ過ぎるからなあ。長靴の中に雪が入ってきて冷たかった」
あとでお父さんは言い訳するように言っていました。
ようやくキジさんに近づくと、お父さんはデジカメを取りだしました。それでも、威しすぎてはいけないと思ったのか、「フラッシュ発光禁止」のモードにして、何枚もシャッターを押しました。
あたりには、長い尾羽やら、小さな軽い羽根が散らばっていたそうです。
それから、お父さんは、デジカメをポケットにしまうと、両手を差し出しました。どういうわけか、キジさんは静かに身を任せました。
「飛べそうにないから身柄を確保したけど、えらい厄介なものを抱え込んだかもしれないぞ。餌だって何をやればいいかわからないし・・・。地方事務所の林務課に電話だろうか,それともソラのお医者さんに連れて行くことになるだろうか」
そんなことを考えながら、お父さんは静かなままのキジさんを抱えて、お家の中に入りました。
もちろん、お母さんは大騒ぎです。早速、僕のお家、サークルを整えて、中に入れるように言いました。
お父さんはまたしても写真を取り始めました。キジさんがやわらかいウンチをしたので、お母さんはティシュで拭いてあげようとしました。キジさんはサークルの柵の間に首を突っ込んでもがきました。
「尾羽が痛んでるけど、元気があるみたい。飛べるかもしれないからデッキに出してみようか」
お母さんがそう言ったので、僕はデッキから別室に呼び入れられ隔離されました。そして、サークルのとびらとガラス戸があけられました。
とたんにキジさんはデッキに走り出ました。デッキの柵の間ををするりと抜けて、外に落ちていきました。あとで測ったら、デッキとデッキの間のすきまは9センチあったそうです。
以前、よく僕の首がはさまって、皆さんに笑われたすきまです。
お父さんがあわててデッキから下を見ましたが、どこにもキジさんの姿はなかったそうです。下の花畑の雪に足跡がなかったので、デッキの下も覗き込んだりしたけれど、やはり姿はなかったようです。
「まあいいか。あれだけ元気なら心配ないだろう。ソラ、お前が吠えたおかげだよ。がんばったね」
ちょっぴり残念そうにしながら、それでも、お父さんは僕をほめてくれました。
キジさん、大丈夫でしたか。きっと大丈夫ですね。