ヒマラヤから見た日本アルプス
「先生の話を、聞きにきたんですけど・・・」
女子高校生が3人、すぐ目の前で、美術館の受付の人に尋ねていました。
高校生が聞きに来るのか、と少し意外な気がしましたが、初めてで全然勝手のわからない「飯田市美術博物館」でしたので、これ幸いと、2階までついて行きました。
余分な不安を与えたかもしれません。
「職をかけてでも、3年生を卒業させる」
話はそれますが、風越高校の校長先生は、例の履修科目問題のとき、そのような趣旨のことを言われたそうです。新聞に載っていました。正確な言葉は覚えていません。
あれは、生徒にはまったく責任のない問題でした。それなのに、受験を目前にした生徒を、ずいぶん動揺させたことだったでしょう。
その一言こそ、生徒たちに、必要な言葉だったと思います。その一言に尽きる、と思ったものでした。
「インド大陸がアジア大陸にぶつかってきて、ヒマラヤ山脈ができたことと、伊豆半島が日本列島にぶつかってきて、足柄山地などができたことを対にして、考えてみませんか」
飯田風越高校、金沢重敏さんのお話が始まりました。
「伊那谷自然友の会」の講座です。
まったく門外漢でむつかしい用語もありましたが、スライドは、写す角度がテレビ番組などとは違っているみたいで、印象に残りました。お話もわかりやすく興味深いものでした。
思い出すままに、ここにメモすることにします。但し、言葉の間違いや、聞き間違い等たくさんあると思います。お許しください。
☆川原に、モジュールと呼ぶ丸い石ころが落ちていて、それを割ると、中にアンモナイトの化石が入っているそうです。実際に、会場の後ろの机の上に、岩塩などと共に、半分に割って置いてありました。
スライドで、ここにもここにも、と矢印が動いていって、いくつか落ちていました。とてもうらやましく思いました。
上流から流れてくるとのことでした。
☆一行が調べたり、なにかをしていると、どこでも子どもたちが、湧き出すように集まってきたそうです。好奇心たっぷりに、いつまでも一行を見ていて、ひとなつこく寄ってきたそうです。
男の人はぶらぶしているだけで、女の人ばかりがものすごく働いて、暮らしているそうです。なんだか耳の痛い話でした。
☆写真は、学校です。お金のあるはずの日本では、この規模の学校はどんどんつぶされ(統合され)ていくのに、と思ってしまいました。
☆集まって来た子どもたちが、水晶やら電気石やらを売りにきたこともあったけれど、金沢さんには産地がはっきりしたものでないと、なんの価値もない、とのことでした。
☆高い山が、裾野もなくすぐ向こうにそびえていて、それは断層がもりあがっている関係だということでした。
それと、三つの山系のぶつかりあう(はじまる?)ところというスライドがあって、確かにそんな感じがしていて、不思議な気がしました。少し大げさに言うと、この世でないような光景の場所でした。
☆ヒマラヤが昔は海底にだった、とは聞いたことがあるけれど、もぐりこんでいくプレートに押し上げられている崖のスライド(?)は、迫力がありました。
何億年というスケールの話が、具体的に目の前に示されて、納得でした。
(そのスライドを写真に撮ると良かったのですが、その段階では、まだ思いつきませんでした。上の写真は、そっと撮って、あとからUPの許可を得ました。)
まだまだありますが、このくらいで・・・。
「以前は、夜にやっていて、1月の会は館内の階段が凍っていたりしたこともありました。」
担当の人が言っていました。昼の開講は、遠くから来るものにも助かります。
来年も、ぜひ続きを聞きたいと思います。