子どもの時のお話です。
運動会も終わった頃のある日、友だちに、水晶を拾いに行こう、と誘われました。
水晶って、知っていますか。
そう、魔法使いのおばあさんの持っている、未来のことを占う、すきとおった大きな丸い玉。あれは、よほど大きな水晶を、よほど長い時間をかけて、丸くなるまでみがいたものですね。
ガラスよりも硬くて、キラキラ光るきれいな六角形の先が鉛筆のようにとがった石は、理科室で見たことがありました。そのときから、ほしくてほしくてたまりませんでした。
「連れて行ってやるけど、ぜったいしゃべったらだめだよ。二人だけの秘密。ぜったいだよ」
きつく約束させられて、友だちと二人、山道をてくてくと歩いて行きました。
そうしたら、大きな大きな木がありました。さこは、道がふたつにわかれていました。大きな大きな木の根元には、古ぼけた小さなほこらがあります。
友だちについて、ほこらの脇を、右のほうへ道を歩いていきました。やがて秋の夕日に赤く染まったがけに来ました。
「ここだよ」
さややくように言うと、友だちは、ぼうきれで土を掘り始めました。
やがて出てきたのは、米つぶのような小さな水晶がぎっしりとついた石ころでした。
水晶と言ったって、本当に小さなものでした。「米水晶」というのだそうです。
少しがっかりですが、それでも二人とも、だまったまま真剣にさがしました。
けっきょく、友だちは米水晶がたくさんついた石を、4つも見つけました。ぼくは、小さなかけらのような石しか、見つけられませんでした。
「二人で来たんだから、はんぶんこしようよ。」
最後に友達はそう言って、立派なのをふたつも、ぼくの手にのせてくれました。
そして、ふたりで「米水晶」をにぎりしめて、ススキの穂が続く、もうすっかり暗くなった山道を、帰ってきたのでした。
お話はこれでおしまいです。
というと、なんにも面白くありませんね。
もちろん、お話はまだ続きます。
何日かして、また、あの水晶山へ行きたくなりました。
でも、今度は、学校から帰ったあと、友だちにはないしょで、ひとりで出かけたのでした。日が暮れかかったさびしい山道を、てくてくと歩いて行きました。別にこわくはありませんでした。
そうしたら、大きな大きな木のところに来ました。
やっぱり、木の根元には、古ぼけた小さなほこらがありました。そのわきを左の道のほうへ歩いていくと、やがて、秋の夕日に赤く染まったがけに来ました。
前に来たときとは、どこか違うようにも思いましたが、
「ここだったよ」
自分で自分にささやくように言って、ぼうきれで土を掘り始めました。
すると、すぐに親指くらいの太さの大きなすきとおった水晶が見つかりました。思いがけない大きさです。
びっくりして、まわりを見まわしました。もちろん、だれもいません。うるしの葉が真っ赤にかがやく、秋の夕方のしずかなしずかな山の中です。
それから、友だちのぶんもと思いつきました。夢中でさがしました。しばらくすると、もうひとつ、同じくらいの大きさの水晶が見つかりました。
自分でもほんとうに驚きました。もっと探したかったのですかが、いつのまにか、あたりはすっかり暗くなっています。
右手に水晶を二つ握って、いそいで帰ることにしました。
しばらく歩いて、ふと気がつくと、後ろから何かがついてくる足音がします。
ドキッとして、立ち止まりました。
すると、後ろの足音も立ち止まったようです。暗くなった秋の山道は、しーんとしてして、何も聞こえません。
怖いけれど、そっと後ろを振りかえってみました。だーれもいません。
思わず、駆け出しました。
後ろから、駆け足で追いかけてくる足音がします。ひたひた、ひたひた、どこまでも追いかけてきます。
もう必死で走りました。
「かえせ、かえせ」
そんな声が聞こえたような気がします。けれども、何もかもわすれて、夢中で走りました。
ようやく家に着いて、気がついてみると、水晶はひとつになっていました。もうひとつは、いつのまにかなくなっていました。どこで落としたのでしょう。
外は、真っ暗な夜の道です。
でも、ひとつは残っていました。 あした学校へ行ったら、みんなに見せようと思いました。
その夜は、残ったひとつの水晶を枕もとにおいて、ねむりました。
そうして、夢を見ました。
長い髪の毛を振り乱した、女の人のような、なにかえたいの知れないまっ黒なものが、追いかけてきます。
「まてえ、まてえ。かえせえ、かえせえ。どんなに逃げても追いつくぞ。水晶を取り返すぞ。」
そう叫びながら、追いかけてきます。
もうつかまる、というところで目がさめました。
朝でした。
気がつくと、びっしょりと汗をかいていました。からだじゅうが、熱くて熱くて、苦しくてたまりません。
その日は学校を休みました。
夕方、心配した友だちが来てくれました。学校のことなどを、話しているうちに、枕もとの水晶を見つけて、どうしたのかと聞きました。
「左へ行っては、いけなかったんだ。」
ぼくの話を聞くと、友達は言いました。
「大昔、いくさがあって、あの赤いがけのところで、お姫さまが殺された。
水晶は、そのときに、まだ死にたくない、と言って泣いたお姫様のなみだなんだよ。
だから、もって帰ると、熱が出たり悪いことが起きたり、たたりがある。のろわれた水晶を持ってきちゃったね。そうだ、ぼくが、今から返してきてあげようか。」
気のせいか、,そのとき、友達の目は、あやしく光ったようでした。
もちろん、ぼくは友だちに水晶をあずけました。
すると、次の日の朝、ぼくはすっかり元気になって、学校へ行くことができました。
でも、その日は、友だちが学校を休んだのでした。
夕方、友だちの家へ行くと、枕もとに水晶がありました。
「ごめん、あんまりきれいで大きな水晶だったものだから。それに、日が暮れてしまったんだよ。」
「そうか、いいよ、今からぼくが、返しに行って来てあげるよ。」
たぶん、そのとき、ぼくの目は、あやしく光ったことでしょう。
そうして、次の日、今度はぼくが、学校をお休みしました。
「ごめん、あんまりきれいで大きな水晶だったものだから。それに日が暮れてしまったんだよ。」
「そうか。いいよ、今からぼくが、返してきてあげるよ。」
その次の日は、今度は、友だちが休みました。
その次の次の日は、今度はぼくが・・・・・。
と言うと、このお話は、いつまでもいつまでも続いて、終わりがありませんね。
でも、お話には、いつも終わりがあります。
そのまた次の日に、今度は二人とも学校を休んでしまったのです。と言うのは、日曜日だったから。
それで、ふたりで、呪われた水晶を、左の道の先のお姫様の赤いがけのところへ返してきて、これでこのお話はおしまいです。
あの水晶は、今も、あの赤いがけのところにあるのでしょうか。