何年も前の、冬のことでした。
このブログは、年寄りが書いているだけあって、昔のことが突然出てきます。
年寄りだから、いろいろ経験することもあるのです。
海辺の町を走っていたら、観光船のりばがありました。
15時の最終便に間に合ったので、チケットを購入して、乗り場の桟橋で待ちました。
やがて、沖合からお洒落な船が、近づいてきました。
乗客のお年寄りが2人、甲板の椅子に座っているのが、見えるようになりました。
若い女の子数人は、手すりにつかまったりして、立っています。
操船しているのは、自分よりは年上くらいのお年寄りたちでした。
漁船かなにかを、引退した人たち、だったかも知れません。
船は、そんなにスピードが出ているわけではなかったけれど、次第に近づいてきます。
と思っていたら、接岸するのではなく、桟橋の先にぶつかりました。
桟橋をこすりながら、なおもゆっくりと進んでいきます。
「はよう○○しろ」
桟橋にいた中年の男の人が、なにか叫びました。
さっきチケットを売ってくれた人です。
よく聞き取れなかったし、専門用語らしく、なんと言っているかはわかりませんでした。
「できん」
船の上で叫んでいます。
と思う間も無く、チケットを売っていた人は、桟橋を走って、船に飛び乗りました。
よく飛び乗ったと思うくらい、すばしっこい動きでした。
海に落ちかねないくらい、ほんとうに危なかった。
そのまま船は、桟橋の向こうの防波堤に、ぶつかりました。
でも、その男の人のおかげか、そんなに衝撃のないぶつかりかたのようでした。
船の上で、若い女の子たちが、笑っていました。
あまりのことに、驚きすぎての笑い、だったかも知れません。
お年寄りふたりは、声も出ない様子に見えました。
少し離れた船の上のことなのに、手に取るようにはっきり見てとれたのです。
「怖い。もう乗らないよ。帰ろうよ」
隣にいた妻が言いました。
「うん、そうだね。でも、少し待ってよ」
こっちからキャンセルを申し出たら、二千円だったかのチケット代を、返してもらえないかも知れない。
この期に及んで、そんなことを考えてしまったのです。
まだ少しは乗る気でもいたのです。
「このまま、ドックに行きます。切符売り場で、払い戻しを受けてください」
船の上から、声がかかりました。
船は、乗客を乗せたまま、行ってしまいました。
乗客にしかるべき対応をする必要が、あったのでしょう。
もちろん、点検修理も必要だったのでしょう。
払い戻しを受けた後、自分たちは、車で待っている愛犬キュートのもとに、戻ったのでした。
乗員は2人だったと思います。
船に損傷はほとんどなかったと思います。
お話の内容から推察するに、操舵室からスクリューの正逆転操作ができなくなったのでしょう。
大きな船舶ならば、船橋からの操作ができなくなっても、機関室で操作できるし、遊覧船クラスでも渡し船の正確が強い航路船なら甲板員が、機関室で操作できます。
おそらく周回航路故に船長兼操舵士兼機関士兼甲板員という、ワンオペ体制だっのでしょうね。