「人間は、いつも誰かを恋し慕って、探し求めて、さまよっているように思えます」
ある日、こぶしの妖精が、思いつめた表情で女神様に、話しかけました。
゙「峠を行き来する人間たちの力になれたら、どんなにかうれしいことでしょう」
「そんなことを、思ってしまったのですか・・・」
女神様は、やさしい微笑を浮かべて、静かにお答えになりました。
「あなたを、恋しの妖精にすることはできます。あの、人間たちのために・・・、ね。もちろん、いつもいつも、願いをかなえてやれる、というほどの力は、むつかしいですけれど・・・」
「ほんの少しでも、人間たちの力になれたら、それだけで、とても素敵です」
こぶしの妖精は、勇んで答えました。
「でもそのとき、あなた自身は、恋い慕う気持ちをわすれてしまうかもしれません。あるいは自分自身のことについては、願いがかなわなくなるかもしれません。それでもよいのですか」
「人間たちのためになれるのでしたら・・・」
こぶしの妖精は、まだ幼くして恋することを、知らなかったのかもしれません。あるいは、峠を行き来する人間たちを、あまりにも多く、見てきたためだったのでしょうか。
「そうですか、本当によいのですね。そうね・・・、でも、そのほうが、しあわせかも・・・、とも言いません」
女神様の美しいお顔に、一瞬、不思議にさみしそうな影がよぎったように、妖精は思いました。まるで一人の人間の女性が、そこにいるような、思いにとらわれたものでした。
さて、このようにして、こぶしの妖精は、時として、恋しの妖精になれることになりました。それは、こぶしの妖精にとって、新しい世界の始まりでした。
でも、それがどんな世界で、妖精にとって、幸せであったかどうかは、語られるとしても、別の機会のことでしょう。
写真は、今は廃校になった、分校跡に立つ謎の怪しい一団。南信州の奥深い山中にて。
せっかくのお話の雰囲気をぶちこわしてすみません。
もちろん、この一団は、本文とはまったく関係ありません。