ラーパーさんの「花の谷」だより 

2016年のブルーベリー狩りは、7/1~8/10でした。

2017年も同じようにできると良いのですが、お天気次第です。

まだ、いつからになるかわかりません。

雨天休園。予約不要です。9:00~16:00の開園。

来園の場合は、このブログなどで、確認してからお越し下さい。

問い合わせは 090の7862の4605

スマホで「売木村45-530」とすると、グーグルでも、ヤフーで

も、ピンポイントで、来ることができます。

検索「食べログ 花の谷」でも、地図などが確認できます。

料金は
大人Aコース(摘んで食べる。ミニパック付き) 500円

大人Bコース(摘んで食べる。大パック付き) 1000円

小中学生コース パックなし 200円

の3種類です。 幼児無料

自園産ブルーベリーと砂糖だけの
「手作りジャム600円」
を製造販売しています。

なお、収穫済み実入りパックの販売は、しておりません。

名古屋、豊田方面からは、国道153号です。
平谷村から売木村を目指して国道418号を平谷峠越えして降りて、きます。

期間中は、看板と、ノボリ旗が出ています。

浜松、豊橋方面からは、役場を目指して来て、ふるさと館などで聞いてください。

どこからでも2時間前後です。

浜松方面からは、いなさICから1時間ほど、近くなりました。

スマホがない場合、ナビは、ピンボイントでは連れて来てくれません。

山奥なので、園の前の村道が、出てないこともあります。

まず村に着いて、あとはのぼりと矢印看板が頼りです。


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知っとるか、ホークスのジュリーがなあ・・・


「ちょっとやりすぎたかなあ、女の子がみんな泣いちゃった・・・」
 ある日、理科のA先生が職員室に入ってくるなり、少しとまどったような顔で言いました。

「冗談で言っただけなんだけどなあ、
『さっきニュースでやっとったけど、ホークスのジュリーが大怪我したらしいぞ』
そう言っただけなのになあ。」

 グループサウンズ全盛の時代のことでした。(元タイガースの沢田研二さん、突然引っ張り出されてご迷惑でしょう。ごめんなさい。)
 今で言うガセネタを、授業中にやるのだから、ひどい先生もいたものです。

 でも、その先生のために、少しだけ弁護するなら、中学生時代というのは、思春期に突入しかかったばかりの一種独特の時期です。

 で、ときにはそんなわけのわからない冗談で、ワーッとなったりするのも、ひとつの、集団の健康法みたいなところもあるのです。われながら変な言い草で、とても弁護にはならないですけれど。
 ただ、そういうたわいのない冗談が言える雰囲気のときは、学校は健康であることが多かった、と思っています。

 なお、その先生がどうして、「タイガースのジュリー」のところを、「ホークスの」と言ったのかは、あえて聞きませんでした。
 わざとショックを和らげるつもり言ったのでしょうか。いや、たぶん、グループサウンズに詳しくなくて、本気でそういったのでしょう。
 
 それなのに、本気で泣いてしまう生徒も生徒、いえ本当に純情な生徒たちでした。
 
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写真は、オオデマリの花
保健の先生か校長先生になりたい
 

おととい18日、NHKテレビ午後1時からの「スタジオパーク」の冒頭、
「売木小の子どもたちが、スタジオに来ている」

 画面を見たときには、もう他の場面でした。それに、当地、売木小の子どもたちは、過日、京都・奈良へ行ったはずだから、聞き違いかなと思いました。
 でも、やはり売木小の子どもたちでした。(全国放送でしたよ。)

 なんと、当地では、小学生が東京、中学生が京都・奈良だそうです。隣県の愛知では、たいていは、その逆でした。

 5年生と6年生が、合同で修学旅行に行ったのだそうです。
 5,6年生の合計で10人前後(正確な人数は知りません)のため、隔年で、修学旅行を実施している、と理由を聞いて、少しびっくりし、納得もしました。
 たぶん、NHKのアナウンサーも、それはご存知なかったでしょう。

 5年、6年と、2年続けて行けるのだったら、子どもたちは大喜びでしょうが・・・。(これって、学校存続に必要な児童数確保の究極の切り札かもしれませんよ。もちろん、冗談です。)

   ・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ところで、話題は変わって、むかし、「保健の先生か校長先生になりたい」と言った生徒がいました。
 理由は、「毎年、修学旅行に行けるから」でした。

 かわいいですね。でも、それはね・・・。

 いつだったか、新聞に書いてありました。
「引率の先生たちは、どうしてみんな、あんなにくたびれた顔をしているのだろう。子どもたちにとって楽しかるべき修学旅行なのに・・・」

 それはそうですけど、お父さん、お母さん方、たった2、3名の子どもを連れての一泊旅行でさえ、ずいぶん疲れませんか。
 
 ちょっと極端ですが、自分は、不幸にも深夜、宿のフロントから部屋に電話をもらった経験まであります。
「先生のクラスの生徒さんたち、ベランダで煙草を・・・」

(若き先生方、今のうちに、いろいろ経験しておいたほうが、ものに動じないたくましい先生になれますよ。)

 とはいえ、もう一度行けと言われれば、もちろん、大喜びで引率します。

 おりから、修学旅行のシーズン。子どもたちと先生たちとの、楽しくて、つつがなき旅をお祈りしています。

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 写真は、栃の木の新芽。この時期、東京へ修学旅行に行くと、赤や白の花が咲いていました。マロニエのこと。

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素人農事メモ5/19
 今日もまた、曇りまたは雨。草取り、食べ残したサトイモを植える。きゅうりの苗をハウスの中に定植。
ケンシヨクって、知っていますか


 4時間目の授業が始まってしばらくすると、職員室では、校長先生を始め何人かの先生が、給食を食べ始めます。
 まだ、教室では、先生たちも、生徒たちも、授業をやっているのに、どうなっているんだ、ということですが、これが「ケンシヨク」です。
 
 つまり、「検食」。「検査給食」の略かと思います。県によって、システムや呼び方に、多少の違いはあるかもしれません。
 その日の給食に異常がないかどうか、あらかじめチェックして、生徒の安全をはかるわけです。まあ、お殿様の食事の毒見と同じようなものです。
 
 学年主任になって、クラス担任をはずれたとき、そこの中学校では、4時間目の授業がない曜日は、学年主任も検食をすることになっていました。

「自分だけ食べるなんて絶対いかんよ。みんながそろってから、食べるもんだよ」
 子どもの頃、たいして食べるものなどない、貧しい食卓なのに、いつも母親に言われたものでした。

 そのせいかどうか、4時間目の授業を終わったあと、用事で生徒が職員室に入って来た時に食べているのは、どうにも落ち着きませんでした。
 なんで先生たちばかり、先に食べているのか、と言う顔をしているような気がして仕方がなかったです。

 実際には、生徒は
「今日は○○のおかずか。やった!」
などと、具体的事前情報を手に入れて、無邪気に喜んで、職員室を出て行ったりしてたから、気にしすぎだったかもしれませんが。

 ある日、授業の合間に、「検食」の話になりました。
 すると、聞いていた生徒の一人がまじめな顔で言いました。
「でも、先生や○○先生(特に名を秘す)が、食べて大丈夫だからと言って、僕らも大丈夫、と言うことにはならないと思いますけど・・・」

 勝手にしてくれたまえ。大事な大事な生徒たちのために、ひ弱なこの体を危険にさらしてまで、尽くしているのに。
 第一、あんなに野蛮で頑強な○○先生と、一緒にしてもらって、ほんとうに光栄、ありがたすぎて涙が出るよ。

 などという同士打ちは置いておいて、これって、生徒が殿様で、校長先生を始めとする先生たちは、そのお毒見役、つまり家来ってことではないのでしょうか。

 と言うことも置いておいて、でも、まったく学校と言うのは、いろんなことを、子どもたちのために、2〜30人の教職員で引き受けて、一人何役でがんばっている世界かもしれない、と思っていただけたら、感謝です。

 追記
 給食の安全確保については、他にも何重にもバリアーが張りめぐらしてあります。
 また、給食センターや食材納入等の業者の人たちは、もっともっと神経を使ってがんばってみえると思います。

ふたつめの追記
 
 ある中学校では、学年主任の先生は、副担任の先生とともに、教室で給食をとることになっていました。
 つまり、生徒達はいつも二人か三人の先生といっしょに、給食をとることができました。
 これはこれで、とてもよいやり方でした。

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 写真は、宿根草ファイヤークラッカーの新芽、秋までずっとこの色です。

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 素人農事メモ 5/14 予報より早く雨が上がり、わらび、しいたけを採る。草取りも。夕方冷えてきて、やはり霜注意報が長野全県に出る。
ピシャーン・・・という音、落雷って怖い


 ある年の6月。夕方、体育館で部活の練習を見ていたとき、突然
「ピシャーン・・・」
ものすごい音でした。

「おい、カミナリだぞ。どっか近くに落ちたんだわ」
 それでも、のんきにそんなことを言って、練習を続けました。

 そして、練習が終わって、職員室へ戻ると、様子がわかりました。

 運動場で、素振りをしていた剣道部のすぐ脇に、落雷したのでした。
 でも、ラインテープに打った釘に、カミナリが落ちたのに、そこにいた剣道部員には、なんともなかったそうです。
 本当にありがたいことでした。不思議なことでした。

 おもわず、みんなが散らばって逃げたそうですが、そのときはもう、ことは終わっていて、危険は去っていたのでした。
 あたりには、きな臭いにおいが立ち込めた、と言っていました。

 その記憶もあって、落雷が、ずっと、勤めている間じゅう、怖くて仕方がありませんでした。 
 といっても、カミナリは大好きで、窓の外のいなびかりを、喜んで見ているほうです。(こういうところは、かなり変人かもしれません。)

 なにが怖いかと言うと、ゴロゴロ鳴っているのに、平気で外を出歩いているのを見るのが怖いのです。
 夕方、部活のときに、雷雨になると、部活が中止になります。そうすると、生徒は部室に戻るのですが、着替えて平気で帰っていくのがいるのです。
 それでは、中止にした意味がありません。

 もちろん、放送などで注意を促すのですが・・・。

 夏のキャンプのときも、野生にかえるのか、ゴロゴロし始めて、雨が降ってきても、喜んで平気で出歩くのです。

 臆病者と言われそうですが、落雷はとても怖いのです。
 特に、鳴り始めがいちばん危険、と本にも書いてありました。早めの避難が一番大切と思います。 
 
 今年は、4月になってからでも、もう2回もカミナリがありました。天候の荒れることが多いようです。

 カミナリを馬鹿にしないで、早く室内に入って、室内で鑑賞しましょう。


 写真「ラズベリーの芽が出始めました。4/18」

素人農事メモ 4/20
 夜半から激しい雨。風もふく。天気が回復した後は、少し冷え込む。花冷えか。
岐阜県赤坂、金生山に、化石を採りに


南信州の桜探訪3
「飯田市立美術博物館の安富桜」(06.4.9)

 みぞれまで降ってきて、1月の金生山は、まるで日活のアクション映画の光景でした。(ふるい。なつかしい。)
 6年生の卒業記念品に、おせっかいにも、化石にしたら、と口を出し、石屋さんのクレーン車で、成り行きで、採りに行ったのでした。

 卒業記念品なんて、いまどき、子どもから、そんなお金を集めるのか、との声もあることでしょう。でも、本当に思い出になるものだったら、決して悪いことでもないのですが。

 それについては、かねがね、自分は「卒業記念品三原則」なるものを、ひそかに作っていました。(なんとまあ、おおげさな)
 それでつい、口出ししてしまったのです。すみません。

1 授業に、役立てられるもの
2 いつまでも、壊れずに残るもの
3 卒業後、学校に来た時、いつでも卒業生が見られるもの

 化石って、この三原則にぴったりだ、と思いませんか。

 でも、本当のこと言って、石ころなんかに、興味を持ってくれる人間なんて、本当に少ないのです。自分の知っている人でいえば、宮沢賢治くらいなもんです。
 先生でも、このごろは、コンピュータやら、それからあれこれ教えることが、たくさんになったものだから、忙しくて、ほとんど誰も関心を持ってくれそうにないのです。
 けれど、何年かに一人、子どもたちの誰かが、興味・関心を持ってくれたら、それでいいと思いました。なんと言ったって、教科書にあることだ、道にはずれたことを、するわけではない・・・。

 当時は、インターネットなんて、まだあるかないかの時代で、あちこち電話しました。
 岐阜県瑞浪市の化石は、砂岩だから、貝の化石など、誰かが叩き割って、持っていってしまうかもしれない。いや、本当は、それくらい好きな子があらわれたら、それでもいいかも、などと非教育的なことも、考えたりしました。

 結局、岐阜県大垣市赤坂町のフズリナの化石が、石灰岩で堅くて壊れにくいから、ちょうどいい、ということになりました。
 貝の化石と比べると、小さすぎて、何なのかわかりにくいから、いくら2億5千年前の化石といっても、素人受けしにくいのは、この際、やむを得ませんでした。
 
 セメントの原料として、砕石している会社に電話すると、
「このごろ出なくなりましたが、あることはあるから、いつでも採りにきてください」
 それで、据付けをしてくれる石屋さんと、卒業式前の1月に、出かけたのでした。
 
 確か、セメント会社の事務所で菓子折りを渡しただけでした。運搬や据付け、説明プレートなどに、お金がかかったのでした。
 自由に採っていってください、と言われて、水溜りのあるぬかるんだ道を、車で登っていくと、思ったよりもいくつも、適当なのが転がっていました。

 石屋さんは、早速、大きな岩にチェーンを巻いて、クレーンで積み込み始めました。ところが、それを見ているうち、せっかく来たのだし、記念に自分も家に小さいのが欲しい、という気になってしまいました。
 そう言うと、石屋さんは、気軽に1個、肩幅くらいの大きさの小さなのを抱えあげて、クレーン車の荷台に載せました。

 石屋さんの店まで帰ってきて、クレーン車から乗用車に、載せかえてくれたので、家に帰ると、早速、車から降ろすことにしました。

 ところが、そのときになってわかったのですが、石は抱えあげようとしても、びくともしませんでした。
 商売にしている石屋さんには軽い石でも、チョークくらいしか重いものを持った事のない情けない数学教師には、重すぎたのでした。
 せめてワゴン車ででもあったら、転がして落とすことも、できたのですが・・・。トランクの後ろの壁の高さが、ベルリンの壁(またまた古い。)くらいに、あまりにも高すぎたのでした。

 それで、ついに奥さんに頼んで、やっとのことで、片方を持ち上げてもらいました。
 暗がりの狭い車庫で、体を寄せ合って、かがみこんでいるところなんぞ、絶対に、近所の人には、見られたくありませんでした。
 奥さんには、役にも立たないこんな思い石ころなんかもらってきて、どうするつもり、とほぼ、完全に軽蔑されました。

 でも、何年か後!!!
 その小学校を卒業してきた子たちと、その地区の中学校で、一緒になりました。
 そして、泣けてくるほどうれしいことを聞きました。
 なんと、理科の授業のとき、担任の先生に連れられて、運動場の向こうに、化石を見に行ったことがあるそうです。
 
素人農事メモ 4/14
 薄曇り、風は冷たいものの全般的に暖か
 ジャガイモの畝作り、「ジャガレンジャー・レインボー」なる七種類1球ずつ詰を、3袋植える。(本当は、しばらく畝を放置してから、植えるべきところ、せっかちのため)小牧のカーマホームセンターで、時期遅れ格安で購入。七種類もあるなんておもしろそう。そのアイデアに感嘆。
 花ショウブとシュウメイ菊を、しらかばBB園に植える。
 ポットの宿根早整理。
 

 
落ちた話(その2)
 給食が終わって,その日は他校で会議があったので、車で学校を出ました。
 
「落ちた話」「飛び降りた話」と他人の失敗ばかりでは,公平を欠くというもの,今日は恥ずかしいけれど,自分の失敗の告白です。

 敷地のフェンス沿いに車を走らせて,左に曲がろうとしたとき,向こうからふたりの生徒が来るのが見えました。車に気がついて,逃げ出すという感じでした。
《あれっ、今日も授業を抜け出しとったのか。どこへ行っとったんだ。また,悪いことでもしたんじゃないのか。》
 生徒たちばかりが元気で,中学校が大変な時代のことでした。哀しい教師のサガで、ハンドルを切りながら,一瞬にしてたくさんの心配が頭をよぎります。
 と、そのとき車はゆっくりと田んぼに落ちていきました。つい気を取られて,ハンドルの切り方が不十分になったのでした。
 決して,運転技術の未熟さゆえではありませんでした。
「めちゃおもしろかったぞ」
 いつもはふてくされて,何かといえばくってかかってくるのに,走ってきた二人は満身の笑みを浮かべていました。とても無邪気な笑顔でした。
 《うるさいおまえたちのせいで、こんなことになったんだ。だいたい,お怪我はありませんでしたか,くらいは口先だけでも言うもんだ。》
 そういいたい気持ちを抑えて,
「ウン,ちょっとな。授業はじまっとるで急いで行け。」
 まったく,生徒に目撃されるにしても,もう少し相手を選びたかった。いや,他の生徒が来たのだったら,田んぼにはまることもなかったか。
 
 幸い,ケガもなく,車も特に破損はなさそうでしたが,自力での脱出は不可能でした。仕方がないので,近くのガソリンスタンドまで歩いて行って,あとのことを頼みました。会議に遅刻したくなかったのです。
 そして,そのままタクシーで会議の学校へ行きました。いつの時代も教師は忙しかったし,職務に忠実でした。
 夕方,職員室では,車の持ち主がわかって本人がいないものだから,ちょっとした騒ぎになったそうでした。怪我をして病院に運び込まれた,と心配してもらえたそうです。
 まあ、ケータイのない時代ではあったけど,一言学校にも電話くらいしておくべきでした。
 
 
 
飛び降りてきた話
 「窓の外の中庭に,黒い影が上から降りてきたんだよ。見たら,それが男の子。生徒だもの,ふたりも。」 
 休み時間に,家庭科の先生が顔色を変えて職員室へ駆け込んできました。
「ふたりとも,あんたのクラスだよ。あんたからもしっかり叱ってやってよ。二階から飛び降りたんだよ。ほんとうにあきれた。声も出なかったわ。」

 さっそく呼んで,ガンガンにきつく指導しました。

 二階の教室にいて,ここから飛び降りても大丈夫だろうか,という話になったそうです。
「おれが飛び降りて,大丈夫だったら,呼んでやるわ」
 ひとりが本当に飛び降りて,もうひとりも続けて飛び降りたといいます。
 まったく,たまたま運良く大丈夫だっただけなのに。よくも,ふたりとも無事で済んだものでした。
ひとりが大丈夫だからといって,もうひとりも大丈夫と言う保証などなかったのに。せめて,ひとりでやめてほしかった。
漱石の「坊ちゃん」を読ませておくべきだったろうか。いや,このふたりなら,かえって喜んでやったかも知れん。

 ふたりとも,サッカー部員で運動神経が抜群だったから,まだよかったという先生がいました。そういえば、体育大会ではふたりとも高飛びの選手でした。
中庭には築山があって,それも少しは助けになったかもしれません。

 他の先生たちも,「いのちを粗末にするやつがあるか」などと厳しく叱りました。おそらく飛び降りたときよりも,そのときのほうが,ふたりには大変だったことでしょう。
 
みんなの先生に叱られて,本人たちは,神妙にしていましたが,でも,なんだかけろっとしていたような気もします。本人たちの名誉のために付け加えておくと,ふたりとも元気が良すぎるところはあっても,うらおもてのない明るくてまっすぐな気持ちの良い生徒たちでした。
 
まったく,先生の心配はなかなか子どもには伝わりません。本当に思いもかけないことをいろいろやってくれるものです。
 今思うと,あれは教師生活37年間のなかの,ぞーっとする事件のひとつでした。
 だれでも先生なら,長い教師生活のうちに,そういう怖い経験をいくつも持たされるものなのでしょう。たぶん。
落ちた話
 受験シーズンの真っ只中に「落ちた」話で,受験生の揺れ動く心を逆なでするなんて,どういうやつだ,と思われるでしょうか。
いや,むしろこれで落ちないように厄払いするんだ,とここは前向きに考えましよう。

 それにしても,40年も前の,関係者どころか,もしかすると当事者さえ覚えてないかもしれない話です。こんな話を持ち出してくる当ブログの筆者はよほど奇妙な精神構造ないしは頭脳構造の持ち主に違いありません。
 当時も顔見知り程度で,卒業後はまったく音信不通のお二人の方,どうぞお許しください。なつかしく思い出しています。

 ある夕方,某大学寮の二階の一室で,何人かの寮生が駄弁っていました。当然,酒を飲んでいたとしても,なんら問題はないわけですが,そういう確たる証拠はまったくでてきませんでした。
 そのうちに,ひとりが立ち上がって窓辺に行き、手すりに手をかけました。外の景色を見るつもりだったのか,天気を見るつもりだったのか,あるいはまた,ありそうもなかったけれど,美しい女性の声でも聞こえたのか,それもわかってはおりません。
 そして、目撃者の話では「突然消えた」そうです。ものすごい物音と一瞬の間があったのち,「落ちた」と気がつきました。
 あわてて階段をかけおりて外へ出てみると,壊れた手すりの残骸の上に,うつ伏せに倒れていました。幸いにも,命には別状はなくて,数日間の入院ですんだと記憶しています。
 古くなった寮の建物が原因でした。手すりが壊れていたのです。
 今だったら管理責任とかいろいろ大変だろうけれど,そういう話はなかったように覚えています。

 同じ頃の,やはりその某大学のそれも同じ寮生の話が,もうひとつあります。
 彼は,友人とふたりで酒を飲んで,お城に行ったようです。ふたりで石垣のそれも少し高くなったへりにのぼって,騒いでいた。
 すると,やはり目撃者の話では「突然消えた」そうです。一瞬の間があったのち,「落ちた」と気がつきました。
 酒の酔いもいっぺんに醒めて、あわてて、堀まで回ってみると,泥のなかに倒れていたそうです。見舞いに行った記憶もありますし,こちらのほうが入院期間は長かったと記憶しています。

 以上,「老人のばかばかしい昔話に,仲間の老人たちは,またかと顔をしかめ,賢い若者は,静かに耳を傾け,そんな話からさえ,いくらかの教訓を引き出す。」
 です。

嫌われチャボ、奇跡の帰還
 ある小学校の飼育小屋に、年老いた一匹のチャボがいました。
 他にニワトリはいなくて、インコや十姉妹などの小鳥が、一緒に暮らしていたのでした。

 ある日、このところ特に激しくなったこのチャボの乱暴狼藉ぶりが、職員室で話題になりました。
 飼育係の子が指を突っつかれたとか、水をかけられた、隅に追い詰められてベソをかいた子がいる、あるいは、地面に降りると突っつかれるので、小鳥たちが水も飲めないなど、どんどん悪行が暴かれていきました。

 まったく、学校で生き物を飼うのは、とんでもない大変なことなのです。
 とても意義あることだから、多くの学校は血のにじむような献身的な努力をしているのですが・・・。学校には、飼育専属の先生がいるわけでもないのです。

「そのうちに、子どもにけが人が出たりしたら、えらいことになる。」
 先生たちみんなの一致した意見でした。
「もう長年にわたって、子どもたちのために働いてきたんだから、このあたりで引退させて楽にしてやったら」
「飼育小屋では、にわとり仲間もいないし、自分だけ空を飛べないものだから、よけいすねているのかもしれない」」

 すると、地元に住んでいる用務員さんと、給食配膳のパートさんが
「家の近くの神社に、放して来ましょうか。他にも何羽も、にわとりが放し飼いになっていますから」
「大丈夫かな、そんなところに追放・・・じゃない、放して。」
「絶対、大丈夫です。大きくなって困ってくると、みんなが捨てに来ていますから。子どもたちに気づかれないように、金曜日の夕方に連れて行きます。」 
 教育的配慮に基づく慎重にして大胆なミッションは、金曜日の夕方に決行されました。

そして翌週、月曜日の朝
「無事、捨ててきましたから。」

 人聞きの良くないそんな言葉の最中に、突然聞きなれた、時をわきまえない、甲高いチャボの雄たけびが、職員室まで聞こえてきました。 

「今朝の飼育日誌に、チャボにもえさをやった、とあったから、いいかげんなことを書いて、と思っていたところなんですよ」
 飼育担当の先生や、用務員さんたちと、飼育小屋に駆けつけました。
いつもどおりの意気盛んなチャボがそこにいました。

「あれだけ歳経ると、自分で帰ってこれるかもしれないけど、カギをどうやって開けたんだろう。」
みんなであきれて、そんな馬鹿なことを言い合っていると
「ああ,元気にしとるな」
 教育長さんと役場の人がやってきて、言いました。

 日曜日の朝に、役場に複数の苦情電話があったそうです。
「真夜中のとんでもない時間に、トキの声をあげるし、他のニワトリを追っかけまわして、騒がしくてたまらん。あのチャボだけは許せん。」

 それで、たまたま役場にいた教育長さんたちが、捕らえに行ったそうです。
 大変だったろうな。狭い小屋の中で捕まえるのだって、けが人が出たのに・・・。

「でも、どうしてここに連れてくることにしたんですか。(町内の他の学校に連れて行ってもらっても、誰も文句は言わなかったのに)」
「いや、ここだったら、大切にかわいがってくれるだろうから」
 そうなんですか、ほんとうにほんとうに、ありがとうございます。でも、カギはどうしたんだろう。

「共通のカギだから、役場にもスペアがある。」
 それだったら、町内の他の学校の飼育小屋も開けれたと思いますよ・・・。

 でも、もともとがここのチャボだったことは、まだバレていないみたいだ。また対策を考えよう。
 かくて、学校の苦難は続くのでした。