ラーパーさんの「花の谷」だより 

ブルーベリー狩り、今夏は中止です。

コロナウイルス感染防止のため、2020年夏のブルーベリー狩りは、行わないことにしました。
大変残念ですが、検温や消毒、受付での密集回避など、年寄りふたりでは、充分に対策できそうにありません。
また、病院まで1時間以上かかる山の中のため、もしものことがあると、みんなが困ってしまいます。
どうかお許しください。
来年をめざして、手入れに努めますので、よろしくお願いします。

以下、令和3年(2021年)夏のための、参考資料です。(作成中)

1 入園料 (時間制限なし・2,500坪の園内で、自由に食べ歩いて、お土産パックをつくる)
☆ 大人
○ミニパック付き 500円
○大バック付き 1,000円
○大パック2つ付き 1,700円
☆ 小・中学生
○パック無し 200円
○ミニパック付き 300円
○大パック付き 500円
☆幼児
○パック無し 0円
○ミニパック付き 100円
☆ペット 0円

2 開園期間
7月7日頃~8月8日頃
090の7862の4605へ確認してから、おでかけください。

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関戸高敬先生からもらえなかったシャムネコ


「おい、シャムネコをつがいで飼うことにしたからな。子どもが生まれたらやるぞ」
 ある日、教頭先生が、そんなふうに話しかけてきました。
 買ってきたのかもらってきたのか、どちらだったのか、たぶんこのごろでいう血統書つきの高貴なシャムネコ様だったのでしょう。

(こんどはネコですか。ほんとうにいろいろやりますね。また、高いネコなんでしょうけど、あのー、ネコを飼う気はないんです。こちらは、教育と生活とだけでせいいっぱいですから・・・)
 なんてことは、恐れ多くて、とても教頭先生には言えませんでした。
 いえ、もっときついことならいっぱい言ってました。すみませんでした。

 とにかく、いろんな趣味を持った不思議な先生でした。
 家に遊びに行ったときには、碁盤を見せてくれました。それがウン十万円もすると聞いて、世の中にはご隠居さんみたいな人が実際に存在するんだ、と初めて知りました。
 2階の部屋は書棚がずらりと並んでいて、おまけに本を一冊手にしたら、その奥にも本が並んでいました。ものすごい蔵書でした。
 蘭もやっていました。カトレアだかシンビだか、あるいはまたなんだか、ガラスの温室があって、夜中に世話をするみたいでした。

 でも、ほんとうにたくさんのことをよく知っていましたし、やっていました。知ったかぶりで間違ったことを言ったりすると、やんわりときちんと訂正が来るのでした。

 先生はずっと体が丈夫でなかったのですね。もっともっとやりたいことかあったことでしょう。去年が13回忌。64歳での早い他界でした。

 そうそう、関戸高敬先生からシャムネコをもらうことはありませんでした。
「あのなあ、二匹ともオスだったわ」
 何ヶ月かしてから、教頭先生がボソッと言いました。
 
 心配なことだらけの数学教師を、いつも気にかけてくれて、ありがとうございました。
 小牧での版画の遺作展のあらましを紹介させていただきます。いくつかのお城やお寺の版画は、確かに見覚えがありました。

 場所 愛知トヨタ桜井営業所(小牧市民会館南へ1.2キロメートル)
    0568−75−9331
 会期 4/25〜5/30 10:00〜18:00
 休み 4/30〜5/4 5/14 5/28

 



 

 
先生、お父さんがいいよって


 それは授業参観の時間のことでした。
「先生、そんなに女湯が見たいなら、かわりに番台をやらせてあげてもいいって・・・。お父さんが言ってたよ」
 授業のはじめの礼が終わって、みんなが席に座ると同時に、女子生徒の1人が言ったそうです。
 まだ、銭湯が普通だった昭和40年代のことです。
 
 「まいったなあ、親がいっぱい後ろにいるのに・・・。まあ、『おまえの父ちゃん、ええなあ、いつも女湯が見れるんだもんなあ』って、このところ、かまっとったからしようがないか・・・。親はみんな喜んで、ゲラゲラ笑っとったわ。今日言わんでもええのに」

 銭湯というものは、入り口を背にして、つまり男湯と女湯の両方の更衣場所が見られるようにして、両方の入り口の真ん中に、入浴料を集めるおやじさんかおかみさんが座っていたものでした。
もちろん、省力と防犯との理由からだったのでしょう。

 よくまあそういう話題を思いつくものでした。
 幸か不幸か、いや不幸なことに、そんなふうに、生徒をかまう才能はありませんでした。それに、危なすぎる話題というものです。
 

 
クマさん、これではマが抜けとる
 ある日突然、クマさんが一枚の紙を、職員室のかべに貼りました。
  むりなく
  むらなく
  むだなく
 紙にはそう書いてありました。

「そうか、ようやく心を入れ替えたのか」
「まあ、三日だぞ。続くわけない」
 授業からもどってきた先生たちが、目に留めて、勝手なことを言います。そういう職員室の雰囲気でした。

 色が黒くて短い手足(ごめんなさい、もう昔の話だから)のその先生は、同僚の先生からはもちろん、生徒たちからも、クマさんと呼ばれていました。もちろん本名ではありません。愛嬌のある田舎ふうの笑顔がとても素敵でした(本当です)。

 自分の決意を紙に書いてみんなの前に貼り出すなんて素晴らしい、そうやって後には引けないようにしているんだ。
 それをからかうなんて・・・。
 そう思いましたが、みんなは勝手なことを言って、楽しそうでしたし、本当は、自分もいっしょに楽しんでいました。

 すると、ある先生が
「クマさん、これではマが抜けとる」

 なんのことか、わかりませんでした。その先生はマジックで
  むりなくマ
  むらなくマ
  むだなくマ
と、「マ」の字を3つ、かべの紙に書き加えたのです。

  むりなクマ
  むらなクマ
  むだなクマ

 みんなどっと笑いました。まったくひどい職員室でした。今で言ういじめではありませんか。
 見るとクマさんもいっしょになって、笑っています。それにしても、よくまあ、思いつくものでした。

 えへへという顔で、クマさんも笑っていました。

 そして、翌日もその翌日も、かべの紙はそのまま貼られていました。
 あんなふうに「かまわれて」、自分だったら腹を立てて、すぐにも引きはがしてしまったのに、と今でも思い出します。

 だから、だれもがクマさんを好きだったのでしょう。